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第5章 評価結果の概要



5.1 評価結果の概要

(1) 実施の効率性

 国連海洋法の発効に遅れることなく研究所建設は漁獲量の急増期の初期にタイミングよく行われた。その後続けて、水産資源評価の調査、研究能力の向上を目標として、INIDEPに対し1994年から5年間、(イ)水産生態・生物分野(対象魚種の生態学的特徴及び繁殖と生活史)及び(ロ)漁業計測分野(対象魚種に対する漁獲が資源に及ぼす影響)についてのINIDEPの研究能力の向上を支援するために同職員(カウンターパート(C/P))に技術移転が行われた。
 技術移転の規模とレベルはカウンターパート(C/P)に適合して適切であった。特に、ポイント指導を行う短期専門家の派遣前にC/P研修を行った分野では、専門家とC/Pによる綿密な事前打ち合わせがされた結果、技術移転がスムーズに行われた。
 具体的には、漁業計測分野では、C/Pが日本国内研修中に短期派遣専門家予定者(東海 正氏、東京水産大学)のもとで底引網の編み目選択性の基礎理論とサンプリングの方法を学び、C/Pは帰国後に試験操業を行ってサンプリングを終えて専門家の赴任を待った。このため、専門家は赴任直後から実際の資料を用いてC/Pに計算を指導出来た。
 また、生態分野では以下の生化学遺伝解析(アイソザイム、DNA)による系群解析法の技術移転:短期専門家派遣1年前から「C/P-長期専門家-短期専門家」の間で以下のような良好なコミュニケーションが連続的に行われた。

(イ) C/Pの技術的知識と技術レベルの診断
(ロ) メールなどを通じた基礎知識の指導
(ハ) 適正機材の選定

 このため、短期専門家派遣時には実験資機材が整い、アイソザイム分析に関わる技術的な指導に専念出来た。

(2) 目標達成度

 プロジェクト開始後2年半が経過した中間時点で巡回指導が行われ、漁業計測の分野については、最初の3年間で所期の目標がほぼ達成されたことから同分野の活動を終了し、INIDEP側の要望を受けて、新たな研究項目として衛星情報の解析を追加することとした。また、対象漁種についても、当初の研究対象であるマツイカ、ホキ、ミナミダラに加えて、プロジェクトの後半、マツイカ以外のいか類、オオクチ、キングクリップ他新たな魚類が追加された。
 プロジェクトの中間時点で、当初の予定を変更して研究項目削除・追加したことにより、ニーズに合った研究が行われ、C/Pの研究能力は向上したことより目標はほぼ達成された。例えば、イカでは、INIDEPにおけるトッププライオリティーの研究課題(資源評価管理に欠かせない系群識別、成長初期の生態の解明等)が新しい機材をもとに新しい研究手法の習得によって遂行できた。一例として、輪紋解析をパソコンで迅速に行うラトックシステムを用いた日齢査定技術は応用範囲が広く、初期生態の研究が大きく進展したことが、C/Pから報告があった。
 また、プロジェクト終了後に学位論文をまとめたMarcela Ivanovic 女史の学位論文(イカの食物生態に関する研究)の謝辞には、プロジェクト期間を通じて長期専門家(酒井氏)の支援があったことが記載されている。

(3) インパクト

 本件プロジェクトの実施にあたり、INIDEP側が、土地、施設の中の専門家執務室及び研究室の提供、カウンターパートの配置、運営費、研究費、調査船の運航等のコスト等の負担を行い、日本側が、無償資金協力による施設の建設(1992年度)に加え、長期専門家8名、短期専門家14名の派遣、研修員の受入、機材の供与(実験室用の分析用機材、車輌等総額1億7,635万円)等を行い、日本人専門家の活動経費として5年間で約2,500万円の現地業務費が投入された。
 カウンタパートの定着は良く、日本側とアルゼンティン側が投入した資金・人材が十分活用されている。漁種ごとの資源評価は毎年見直しが必要であるが、研究成果が資源管理政策策定に活かされており、プロジェクト目標の達成は上位目標に貢献していると評価される。

(4) 妥当性

 水産業は、広大な海洋と多種多様な水産資源を対象とするため、海洋及び資源の調査・把握、技術開発等水産業の発展にとって欠くことの出来ない試験研究は、主に公的試験研究機関の活動によるべきである。アルゼンティン唯一の水産研究機関である水産資源開発研究所の研究活動の支援協力は妥当なものである。また、水産資源評価研究と国立漁業学校の漁船乗組員養成は漁業開発に欠かせない両輪であり、この両方への支援協力が行われたことは国家開発計画に十分対応していると評価される。

(5) 自立発展性

 C/Pは海外の国際シンポジウムでも研究発表をしており、技術移転終了後も研究所の研究活動と成果公表(シンポジウムでの発表や論文発表)が継続して行われている。投入された施設・機材・人材が十分活用されており、水産資源開発研究所は研究を継続させるために必要なリソースを確保していて管理能力は申し分ない。水産資源開発研究所は、アルゼンティン政府が行う水産資源管理政策の策定に欠かせない存在として自立発展すると評価される。


5.2 教訓と提言

(1) 国立水産資源開発研究所を対象として技術協力には、我が国民間団体(海外漁業協力財団(OFCF))の行っているものもある。この民間ベースの協力は我が国漁船のアルゼンチン200海里水域内における操業確保を目的としており、両国の外務省は経由せず、アルゼンティン農牧水産食糧庁とOFCFの間で実施されている。一層効率的な水産分野での援助を行っていくためにも、OFCFの事業との役割分担の明確化や連携と現地公館他の関係者による情報の共有化が望まれる。

(2) 水産資源評価管理計画は、アルゼンティン政府による適切な資源管理が上位目標であり、支援の完結にはアルゼンティン側の優れた行政能力が必要とされるが、漁業政策を体系的にするための「新漁業法」の公布は1998年1月であり、水産資源管理に必要な行政上の組織・機能は成熟しているとは言い難い。今後のアルゼンティン水産資源の適切な管理のためには、国立水産資源開発研究所の水産資源数理スタッフの管理シミュレーション能力の充実と海洋政策専門家の養成が必要であろう。

(3) 国立水産資源開発研究所の技術水準は高く、学術面で優れた面を持っており,既に供与された機材は全て有効に使用されている。機材供与,長・短期専門家派遣,およびC/P研修の組合せによって効果的に技術移転が行われたが,C/Pのレベルが特に高い分野では、機材供与とC/P研修に重点を置いた技術移転が効果的で、長期専門家派遣にこだわる必要はないと思われた。

(4) 優れた専門家を数ヶ月も派遣することが困難な分野では、C/P研修のタイミングが重要である。C/P研修が専門家派遣前に行われてC/Pと専門家との綿密な事前打合せが可能であった分野では,短期専門家の滞在が短い(2?3週間)にもかかわらず、現地データの事前収集などの専門家受入体制が整いスムースな技術移転が行われた。

(5) 水産資源評価は世界的に未完成な研究分野であるので、帰国専門家と元C/Pとは共同研究等で研究を発展させることが望ましい。水産分野の技術援助は今後ますます研究的色彩が強まると予測されるので,プロジェクト終了後の制度的な共同研究支援が望まれる。


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